2009年09月26日
小鉄とバイバイ。
2002年8月2日 パスバレーファーム生まれ 毛色はシルバーミット(体がシルバーで手足が白い毛)。
フェレットなど鼬の仲間は、数え方が1本2本。それは形が刀に似ているからといわれています。
という話もあり、江戸時代の名刀 長曽禰虎徹から名前を頂戴し、小鉄と命名。
(新撰組の局長 近藤勇の愛刀も虎徹だったから、という裏の話があるとかないとか…。)
生き物には硬い名前を付けると丈夫に育つという話を聞いたことがあって、我が家の歴代のペットは『銀』『剣太』『小鉄』と、どいつも硬そうな名前ばかりです。
我が家の小鉄さん、生まれて1年半もペットショップで飼われていました。
ちょうど社会人になって9月から一人暮らしをはじめ、半年経った2月。
寂しさに耐え切れずペットショップをなんとなく覗いた時に出会ったのがこの子でした。
最初はベビーを薦められていたのですが、飼ったことがないのと日中家を空けているので日に数回のご飯を上げることができなかったのもあり、既に大きくなっていた子のがいいのかな…と思ってゲージを覗いた時に、自分は飛べる!とゲージの中でダイブして、床にぺたんと落ちた、このぼけっぷりに心惹かれてしまったのだと思います。
飼い始めて慣れないうちは本気噛みに近い勢いで噛まれたり、実家に連れて帰ろうとしたときにキャリーから外に飛び出して、必死で捕まえた瞬間に激しく「ギャアアアアアアアア!」と鳴かれた事もありました。
※フェレットは通常鳴かない動物です。命の危険を感じたときぐらいにしか叫ばないそうです。…。
非常に健康な子でしたが、実はショップに居るとき(もしくはお迎えしてすぐの頃)に肺炎にかかっていて、激しい動きができないと言われてすごい落ち込んだりしました。
寝坊しそうなときに足を思いっきり噛んで起こしてくれたり、顔をジョリジョリする舌で舐めてくれたり。
悲しいときも嬉しいときも辛いときも、いつも一緒に生きてきました。
フェレットの寿命は6〜8年。
生まれてすぐに生殖器を取ってしまうので、非常にホルモン関係のバランスが悪く癌に侵されやすい特徴があります。
また、人間のインフルエンザがうつったり、犬の病気であるジステンパーにかかると致命傷だったり、暑いのがダメなので夏場はクーラーを常につけてないといけなかったり、大変なのです。
ただ、病気に関しては元気な彼には無縁なお話かと思っていました。
正直、脾臓が腫れているという話が出たときも血液検査の結果は当時良性だったので、きっと大丈夫。という気持ちもありました。
なのにどんどん大きくなる脾臓。
しばらくして医師の下した結果は、悪性の癌。
目の前が真っ暗になりました。
血の繋がりはないけど、それ以上の絆は世の中に存在します。
それが小鉄と私の繋がりでした。
日に4時間、朝晩問わず常に体調管理を必要とする生活が始まりました。
立っていても目の前がフラフラするようなこともありました。
けど、もっと辛い本人のことを思うとそんなことどうでも良かったのです。
日に日に体力が落ちていくのがわかりました。
医者からはもって一ヶ月、と言われたけれど、そんなには一緒に居られないのは私が一番良く知っていました。
シルバーウィーク、この休みに私は助けられました。
状況を会社の先輩に相談し、体調が急変したので休みを貰ってつきっきりに看病しました。
そして25日11時39分、星になってしまいました。
最期を看取ることができて、本当に良かったと思います。
去年、祖父を癌で亡くしましたが、実はそのときよりも今回のほうが個人的には辛かったのです…。
自分にとっての子どもと同じ感覚だったんでしょうね。。
最後の瞬間は一生忘れられないと思いますが、覚悟をしていたよりも安らかに息を引き取ることができて、辛かったでしょうが安心したのもありました。
先代の柴犬の眠る霊園で火葬し、お骨となって実家に帰ってきました。
あの柔らかな体にもう一生触れることができないのは非常に悲しいことですが、この経験を経て強くなれたところもあると思います。
ご迷惑をかけた会社の皆様。
相談に乗ってくれた先輩。
真夜中起きて投薬の時間に起こしてくれたり、霊園に連れて行ってくれた相方さん。
励ましてくれた友人たち。
ほんとうに、ありがとうございました。
虹の橋で小鉄に会える日がくるまで、強く生きていこうと思います。
フェレットなど鼬の仲間は、数え方が1本2本。それは形が刀に似ているからといわれています。
という話もあり、江戸時代の名刀 長曽禰虎徹から名前を頂戴し、小鉄と命名。
(新撰組の局長 近藤勇の愛刀も虎徹だったから、という裏の話があるとかないとか…。)
生き物には硬い名前を付けると丈夫に育つという話を聞いたことがあって、我が家の歴代のペットは『銀』『剣太』『小鉄』と、どいつも硬そうな名前ばかりです。
我が家の小鉄さん、生まれて1年半もペットショップで飼われていました。
ちょうど社会人になって9月から一人暮らしをはじめ、半年経った2月。
寂しさに耐え切れずペットショップをなんとなく覗いた時に出会ったのがこの子でした。
最初はベビーを薦められていたのですが、飼ったことがないのと日中家を空けているので日に数回のご飯を上げることができなかったのもあり、既に大きくなっていた子のがいいのかな…と思ってゲージを覗いた時に、自分は飛べる!とゲージの中でダイブして、床にぺたんと落ちた、このぼけっぷりに心惹かれてしまったのだと思います。
飼い始めて慣れないうちは本気噛みに近い勢いで噛まれたり、実家に連れて帰ろうとしたときにキャリーから外に飛び出して、必死で捕まえた瞬間に激しく「ギャアアアアアアアア!」と鳴かれた事もありました。
※フェレットは通常鳴かない動物です。命の危険を感じたときぐらいにしか叫ばないそうです。…。
非常に健康な子でしたが、実はショップに居るとき(もしくはお迎えしてすぐの頃)に肺炎にかかっていて、激しい動きができないと言われてすごい落ち込んだりしました。
寝坊しそうなときに足を思いっきり噛んで起こしてくれたり、顔をジョリジョリする舌で舐めてくれたり。
悲しいときも嬉しいときも辛いときも、いつも一緒に生きてきました。
フェレットの寿命は6〜8年。
生まれてすぐに生殖器を取ってしまうので、非常にホルモン関係のバランスが悪く癌に侵されやすい特徴があります。
また、人間のインフルエンザがうつったり、犬の病気であるジステンパーにかかると致命傷だったり、暑いのがダメなので夏場はクーラーを常につけてないといけなかったり、大変なのです。
ただ、病気に関しては元気な彼には無縁なお話かと思っていました。
正直、脾臓が腫れているという話が出たときも血液検査の結果は当時良性だったので、きっと大丈夫。という気持ちもありました。
なのにどんどん大きくなる脾臓。
しばらくして医師の下した結果は、悪性の癌。
目の前が真っ暗になりました。
血の繋がりはないけど、それ以上の絆は世の中に存在します。
それが小鉄と私の繋がりでした。
日に4時間、朝晩問わず常に体調管理を必要とする生活が始まりました。
立っていても目の前がフラフラするようなこともありました。
けど、もっと辛い本人のことを思うとそんなことどうでも良かったのです。
日に日に体力が落ちていくのがわかりました。
医者からはもって一ヶ月、と言われたけれど、そんなには一緒に居られないのは私が一番良く知っていました。
シルバーウィーク、この休みに私は助けられました。
状況を会社の先輩に相談し、体調が急変したので休みを貰ってつきっきりに看病しました。
そして25日11時39分、星になってしまいました。
最期を看取ることができて、本当に良かったと思います。
去年、祖父を癌で亡くしましたが、実はそのときよりも今回のほうが個人的には辛かったのです…。
自分にとっての子どもと同じ感覚だったんでしょうね。。
最後の瞬間は一生忘れられないと思いますが、覚悟をしていたよりも安らかに息を引き取ることができて、辛かったでしょうが安心したのもありました。
先代の柴犬の眠る霊園で火葬し、お骨となって実家に帰ってきました。
あの柔らかな体にもう一生触れることができないのは非常に悲しいことですが、この経験を経て強くなれたところもあると思います。
ご迷惑をかけた会社の皆様。
相談に乗ってくれた先輩。
真夜中起きて投薬の時間に起こしてくれたり、霊園に連れて行ってくれた相方さん。
励ましてくれた友人たち。
ほんとうに、ありがとうございました。
虹の橋で小鉄に会える日がくるまで、強く生きていこうと思います。